DJ WADA (Co-Fusion)
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DJ WADA (Co-Fusion)

「あまりにも長くDJをやりすぎて、生活がDJになってしまった。DJ抜きの生活は考えられない」(「ele-king」誌 1998年 10,11月号インタビューより) 東京に生まれ、10代の頃はロックバンドに籍を置きギタリストとして活動していたが、80年代初頭の六本木のディスコ「キャステル」よりDJとしてのキャ リアをスタートしたDJ WADA。現時点で20年を軽く超え、約30年近くになろうかというそのキャリアが培った、一見しただけでは説明できないほど複雑なEQの操作とフェー ダーさばき…そんな正確無比なテクニックを持ち日々ダンス・フロアを操ってきた彼は、東京にクラブ文化が根付いてきた頃から遊んでいるような筋金入りのク ラブ・フリークからも熱く支持されるDJである。同じく六本木時代からの仲間であり、現在はDJのみならず腕利きのサウンド・エンジニアとしても名高い Heigo Taniとのユニット「Co-Fusion」「Atom」などの名義でアーティスト活動も行い、今までにCo-Fusion名義で3枚、Atom名義で1 枚のアルバムをリリース。アナログで発表した作品は20タイトルを超える。 「WIRE02」「Fuji Rock Festival」(1999年)「朝霧JAM」「Connect’05」など国内大型パーティーへのライブ・アーティストCo-Fusionとしての出 演、また、DJ WADA単体としても2000年の「Fuji Rock Festival」(Red Marquee)への出演をはじめ、富士山のふもとの遊園地で行われたいまや伝説のレイヴと言われる「Rainbow2000」、KEN ISHII、DJ YAMAがオーガナイズするテクノ・パーティー「Reel Up」など、日本のテクノの歴史を語る上で欠かすことのできないイベントに数多く出演してきた。むろんCo-Fusion、DJ WADAの持つ世界基準の音楽性やスキルは海外からも注目を集め、Tribal America(US)、Plastic City(ドイツ)、Pro-Jex(UK)などのレーベルからの作品リリースで海外の第一線のアーティストにも全くひけをとらないクリエイティビティを 発揮し、1998年のスペインの「Sonar」出演をはじめヨーロッパ圏、アジア、アメリカなどへの遠征を重ね、合わせると10カ国以上でのプレイを果た してきた。 05年にクローズした青山の伝説のクラブMANIAC LOVEでは12年間にわたって毎週土曜日のレジデントDJを務め、その安定した人気と良質なテクノのレギュラーパーティー「Cycle」の名を世間に知 らしめた。英「MUZIK」誌においても2000年には彼のパーティー「Cycle」およびMANIAC LOVEが世界のベスト・クラブに選ばれたという事実が示すように、そのプレイを聴いた多くのパーティーフリークが彼のDJのファンとなり、さらに同業者 である多くのDJ達も彼の影響を受けたと公言する、まさに日本が誇るDJの中のDJである。

 

http://www.myspace.com/djwada